2011年5月2日月曜日

世界を動かす匠の技術に学ぶ

                   「下町のエジソン」がコメの三毛作に挑む

ラジオを聴いていたら、岡野工業・岡野雅行社長の弾んだ声が飛び込んで来た。岡野工業は東京・墨田区向島のプレス加工技術で、あの「痛くない注射 針」など独自の製品を開発した会社。岡野社長は匠の技術をもっている。この下町の6人の企業に、世界の大企業やNASAなども注目を しているのである。

岡野社長は金属の「深絞り加工技術」の世界的職人として知られ講演、著書多数で大忙しである。

「深 絞りの技術」は化粧品の壜、万年筆のキャップ、ウォークマンなどに使われた技術で、ミクロン(1000分の1ミリ)の技術だ。痛くない注射針は 医療機器メーカーのテルモが依頼したもの。長さが20ミリ、穴の直径が80ミクロン、外径が200ミクロンと、蚊の針と同じ細さ。糖尿病患者にとても喜ば れた。

岡 野社長は不可能といわれた技術開発に挑んだ男である。理論物理学の泰斗が細すぎるから丸めるのは不可能と断言したがそれを成し遂げたのだ。職人は「人がや らないことに挑戦しなければだめだ」と言う。何でも屋では人に負けない独自の技術開発はできない。他社が出来ない仕事をする。

し かし、特許をとろうという セコイ気持ちはサラサラない。技術を真似するものがいたら、どうぞ真似をしてくれと自信をもっている。大企業が相談にくるが他社で出来ないものなので、価 格は岡野さんが決める。ここがポイントだ。嫌なら他社へどうぞだ。大企業の下請けではない。対等なパートナーだ。もみ手をして仕事をもらわないところが商 人と違うのだ。まさに匠の技術をもった職人なのだ。

大企業のコスト目標、開発予算の中ではチャレンジしろと言われたとし てもそれは無理な話。しかも失敗は許されないとなれば、技術屋はお茶を濁して終 わりだ。無難なものを作ろうとする。その結果、たいしたものは出来ない。デザインが変わったり、ボタンが増えるだけ。そういう企業風土で社長も雇われ社長 だから、命を賭けたチャレンジ精神は育まれない。まして銀行はソロバン勘定だけしかないから、技術開発の頭がない。

バブ ル崩壊で銀行が中小企業に対してとった処置は、あこぎな貸しはがしでしかなかった。税金投入でなんとか救出させられたくせに、ゼロ金利で利益が 出てきたからといって大きな顔をするなといいたい。バンカーたちには教養のかけらもなかった。教養があるとは自分たちのやってきた愚かな行為に対して、少 しは恥じらいを浮かべることが出来るもののことを言うのだ。

サラリーマンは自分の在任期間中に何とか実績を出すことしか 考えないから技術開発などはムリだ。そのくせ手柄だけは自分で吹聴したがる。岡野社長は 失敗したときのリスク覚悟のチャレンジは、オーナー社長にしか決断できないことを弁えているのだ。大企業のウイークポイントを見事に押さえている。

私 はそうした意味で前回、仲卸で『西洋野菜の草分け築地DAIYU』と大田市場の『有機野菜に賭けた角市』を取り上げた。むろん岡野工業ほどの匠の 技術があるわけではないが、西洋野菜、有機野菜に関しては全国の仲卸の誰にも負けないというプロ意識を持った人たちであった。ただスーパーの下請けの仕事 で、商いが大きいだけでは職人としての意識は育たない。わずか6人の企業でも、岡野工業のような独自の技術で世界を動かすような企業があることも忘れては いけない。

豊田佐吉、松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫あげたらキリがない。みんな町工場から立ち上がっていったのだ。

ところで岡野雅行さんは親父さんの言葉をいまでも家訓として守り続けている。

■国を信用するな■保険には入るな■銀行は信用するな■保証人は引き受けるな■会社は大きくするな■嫌な仕事はするな

岡野工業では土日は休みで残業はしない。金型をつくるシステムプラントを販売している。

最後に岡野社長は面白い指摘をされた。もう技術的にはメタモやバイオ時代は終わっている。そこで米を年3作する3毛作に取り組んでいるということだから、しばらくは成り行きを注目しておこう。


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2011年5月1日日曜日

青果物の鮮度保持へのアドバイス

           
       ~3作用「呼吸作用・蒸散作用・エチレン作用」を考慮して~




寺田 秀三
(福岡大同青果株式会社 コンプライアンス室兼特命業務担当部長)

昨年の炎暑が終わらぬ9月24日、「アグリコラボいとしま」と題した第一回目のワークショップが九州大学伊都キャンパスで開催されました。

主催者は糸島農業産学連携推進協議会という少し堅そうなネーミングの団体。

                  (写真:寺田秀三部長)


 糸島郡志摩町でハーブを栽培している久保田さんは、日本農業大賞天皇杯を受賞されるほどの凄腕。福岡県内はもとより全国的にも有名な生産者。この協議会の会 長を務める久保田さんとは、20年以上の付き合いをさせていただいているというご縁から、私も話題提供者として参加させていただきました。

テーマは「鮮度保持」ということで、生産者、流通業者、消費者、研究者の四者がそれぞれの立場から「鮮度」について意見を述べ、それに対して参加していただいた皆さんから質問などを頂戴し、問題を考えていこうという趣旨でありました。

そこで鮮度について考えてみます。
  
青果物の鮮度を考えた場合、収穫時を100とすると、その後は必ず低下します。

■原因の一つ目は呼吸作用。

収穫後、水分や養分の供給がないのに呼吸作用だけが活発に続くので品質劣化が進むのです。なかでも鮮度劣化が激しいのがスイートコーン。市場では収穫した翌朝に卸売しますが、その日の内に小売店で販売していただかないと鮮度劣化が著しく進みます。

「ブロッコリー・ほうれん草・アスパラガス」なども呼吸作用の影響を受けやすい野菜。「じゃがいも・玉葱・さつまいも・にんにく」などの土物類は呼吸量が少ないので鮮度劣化は少ないようです。

■二つ目は蒸散作用。

野菜は約9割が水分なので、重量的に3~5%の水分が失われると葉に萎れ(しおれ)がでます。さらに進むと色が変わるなど、目で見て分かる状態になります。

■三つ目にエチレンという気体の植物ホルモン。

果実に多いのですが、リンゴが出すエチレンガスはキィウイの熟度を進めます。輸送するときや保管するとき、青果物の組み合わせが悪いと熟度が進み、過熟させてしまうことがあります。
というわけで、「呼吸作用・蒸散作用・エチレン作用」の三点が「鮮度保持」の大きなポイント。

■もう一つありました。収穫後の野菜は横にすると上に立ち上がろうとします。

人の手により土から離されても、なお成長しようとします。そこで、成長点が上を向くように、段ボール箱の中に立てて収納し、そのままの状態で輸送・保管することが望ましいのです。

青ねぎや軟弱野菜である「ほうれん草・シュンギク」なども立てて輸送し、市場の冷蔵庫でも立てて保管します。青葱などは横にすると、根元が曲がってしまい、鮮度も低下し、見た目も悪くなります。

ところで、これは収穫後ではありませんが、仙台に「曲がりねぎ」という白葱があり、あえて曲げることで旨みを引き出す栽培方法もあります。

野菜の生理活性や蒸散作用、成分変化などは低温によって効果的に抑制されますが、野菜の中には、低温によって変質、腐敗などの低温障害が発生するものがあるので要注意。

「じゃがいも・さつまいも」などの土物、それに生姜は風邪をひくといわれますので、常温で保存してください。バナナも冷蔵庫に入れたら風邪をひきますから注意が必要です。

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2011年4月30日土曜日

これがいま人気沸騰の自在型ミニハウスだ!

大塚金属工業の自在ミニハウス



開発の経緯

農作業の苦労
農作業は自然に左右されます。風雨、温度の確保と柔軟な対応が必要です。気候への対応がうまくいかず、納得のいく収穫ができず意欲がわかないというのが現状かと思います。また、市販のハウスの部材を使い試行錯誤しても耐久性、耐蝕の面、更には予想以上の時間と労力を費やすことになりかねません。

農村の現状
日本の経済状況とともに収益性のない農業は見放され、各所に作付を放棄された畑地が点在しております。農家の家の周りにある自家用畑地さえも高齢化により作付けされていない所が見られるようになりました。

地域活性化、セカンドライフへの想い
野菜や花などの趣味の園芸が年間を通して楽しむことができれば、農地の有効活用や退職後のセカンドライフにも貢献できます。ミニハウスでの野菜栽培をきっかけに多種多彩の植物栽培が出来たら農地の保全にも貢献できます。

理想のミニハウスがない
園芸農家が必要とする本格的な温室ハウスは必要ではないが、安価で耐久性や耐蝕性にも優れ簡易に畑地にセットでき、更に大きさも適当な(2坪)程度のハウスがないか。冬から春先の温度確保・梅雨時の雨よけ・収穫時期の鳥害の対応、また温度の確保や作物の背丈を考慮するとハウスの高さも自由に設定できたら便利ではないでしょうか。

★先着30名様は定価36,000円+別途送料よりもお安く提供します、とのことですので、興味ある方はぜひお問い合わせください。

なお、高さ調節部の改良により、発送まで少しのお時間をいただきたいとのことです。


★ミニハウスについてのご質問は電話、FAX、Emailで受け付けております。
お気軽にお問合せください。

有限会社大塚金属工業
〒940-0013 新潟県長岡市原町1丁目4-2 TEL:0258-24-3312 
mail: info@otsukakinzoku.jp





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2011年4月29日金曜日

鳥取・奥大山で原木しいたけ栽培に夢を賭ける



「SAC 中尾 椎茸屋=代表・中尾和仁さん」は鳥取県・奥大山の江府町で椎茸と干したけのこの生産・販売をしています。

鳥取県ふるさと認証食品の乾し椎茸「中尾さんちの乾椎茸」と干したけのこ「干しの王子様」の認証を受けています。

私が「SAC 中尾 椎茸屋」に注目したのは空気と水を大切にして自然環境を守ろうという姿勢であった。中尾和仁さんはこう続けた。「自然環境に配慮しながら生産活動です。

これまでは、いいしいたけを栽培することだけを考えていましたが、今は昔と大きく状況が変わってきています。そこで食の安全や安心、そしてこれからの食のあり方を考えたとき、その時代のニーズや環境問題を意識することなく生産活動は出来なくなりました。

こうした考え方で栽培に取り組むようになってから、これまでになかった素晴らしい考え方の方々とたくさん出会えるようになりました。そこで多くの知恵と気付きをいただくことができました。そして実際に消費してもらったみなさんにホンモノの味と感動を味わってもらいたいという願いで栽培に取り組んでいます」という。

「SAC中尾椎茸屋」はTEAS(テス)鳥取県版環境管理システムに登録された。TEASとは鳥取県版環境管理システムで、
Tottori prefecture Environmental Audit and Scheme
(鳥取県)         (環境)     (監査)   (計画)
の略称で、県内の中小企業等の環境配慮活動への取組みを容易にするため、鳥取県が一定の基準を設け、環境配慮活動を審査登録・公表する独自の制度として、鳥取県版環境管理システム(愛称『TEAS(テス)』)を創設し、多くの県民の方々が取組んでいる制度。

ところで中尾さんにズバリしいたけの原木栽培と菌床栽培の食味上の違いを質問すると、「いい悪いではなく魚にたとえると天然ものと養殖もの」の違いだと説明してくれた。

(写真:SAC中尾椎茸屋・代表の中尾和仁さん)

 さて日本では「しいたけ品質表示基準」で、食品としての「しいたけ」を「しいたけ菌の子実体であって全形のもの、柄を除去したもの又は柄を除去し、若しくは除去しないでかさを薄切りにしたもの」と定義している。

古来日本では古くから自生していたものの、栽培は不可能で自生したものを採集するしかなかった。その一方で精進料理において出汁を取るためには無くてはならないものであった。しいたけは和食のだしの三要素ともいわれる。

江戸時代から、原木に傷を付けるなどの半栽培が行われ始めた。しいたけ菌が原木に付着してしいたけの生育が見られるかどうかは全く不明であり、しいたけ栽培は成功した場合の収益は相当なものであったが、失敗した場合は全財産を失うほどの損害となる一種の博打だった。

人工栽培の方法は20世紀に確立されたが、最近では原木栽培または菌床栽培されたものが市場流通品のほとんどを占める。そこで商品に必ず原木栽培品か菌床栽培品かを表示することが義務付けられている。

いまでは人工栽培の方法が諸外国にも普及しているものの、日本産干し椎茸は本場ものとして台湾、香港などで人気があり、各地の業者が輸出をしている。

原木は秋から初冬に伐採し、過度な乾燥を避け保管し翌早春に種菌を接種をする。種菌を接種した原木は、約1年を森林の下に寝かせ菌糸体の蔓延を待 つ。種菌の接種から16~18ヶ月経過後にほだ場と呼ばれる栽培場所に移し、柵に立てかけるように原木を並べて子実体の発生を待つ。子実体が発生するの は、通常種菌を植え付けてから18~24ヶ月後で、3~4年間収穫(採集)が可能である。

品種改良が進んでおり、しいたけが発生するのに最適な時期はそれ ぞれの品種によっても異なっている。その地域の気候に最も適した品種を選択すべきだろう。

しいたけの生産量の多いのは大分県、徳島県、鳥取県、熊本県、宮崎県、群馬県、栃木県、静岡県、長崎県、岩手県、秋田県などで栽培が盛んである。干し椎茸は大分県が、生椎茸は徳島県が日本一の産地である。

近年は国産しいたけが見直され、国産品の需要は増加傾向にあるが、生産コストや労働力の不足などの問題から衰退しつつある。特に、原木伐採に関わる労働力は高齢化などにより急速に減少し、原木不足が深刻化している。


中尾さんは鳥取県西部から山陰地域をターゲットに販売に取り組んでいる。
原木しいたけ栽培は確かに生産者の高齢化や安価な輸入物に押され、生産者・生産量とも激減して来ている。原木しいたけが再度本来の適正価格で流通することを願って、後に続く人のために安くは卸さないと奮闘中だ。


価格の目安は100gが300円、200gが600円、300gが900円。 会員、リピータの方等はいくらか安くなる。

先日、2パックが中尾さんから届いたので、スーパーで買ってきた菌床栽培しいたけと食べ比べをした。食感といい香り食味では比較になりません。肉厚の歯ざわりのいい感触、芳醇な風味が違いました。やはりホンモノの味は違うなぁと思いました。価格の安いものにまともな商品ができるわけがありません。消費者はそのことに気付きだしたのではないでしょうか。

また冬季季節限定ですが、雪かぶりシイタケ はいかがですか? 雪の中で健気にそして逞しく育ったしいたけは最高に美味しい。昨年末からホダ場は記録的な大雪になった。そんな雪の中でも115菌のしいたけは脈々と生き続けた。ぜひ一度、雪かぶり野菜同様寒さの中でたっぷり“うまみ”を蓄えたしいたけを是非一度ご賞味下さい。








2011年4月28日木曜日

初夏を感じさせる宮崎の特産果実「日向夏」


日向夏、これは宮崎を代表する特産果実だ。初夏を感じる薫風のなかで、日向夏を食すると口のなかの爽やかさが格別だ。

(写真:フリー百科事典から)

ミカン科ミカン属で雑柑類に分類される常緑低木の柑橘類だ。

日向夏は文政年間に宮崎市赤江の真方安太郎宅で偶発実生から発見された。

宮崎原産だが、明治中期以降は全国的に知られ、高知で土佐小夏、静岡、福岡、愛媛ではニューサマーオレンジの名で生産されるようになった。

明治時代末期に宮崎県の産業として栽培が盛んとなるが、「日向夏」とブランド名がついたのは、昭和47年になってのことだ。

日南市、清武、高岡、綾町を中心に毎年2,600トン前後生産され、少核系、早生(わせ)系、高糖系の優秀な系統選抜が進んで苗木の増殖も始まった。

果実はやや下ぶくれの球形で約200グラム。外皮は黄色。果肉との間に厚めの白い内皮があり、果肉は淡黄色で果汁はたっぷり、酸味も適度で香気があり、 風味に優れている。

本来は晩春から初夏の果物だったが、栽培技術の発達でハウスものは正月から出荷され、露地もののはしりも2月中旬の早さとなった。4月中旬ごろまで。4月末になると花芽をつけてくる。

タネが多くあるのが難点とされていたが、平成4年から温室での「種なし栽培」に取り組まれ、「種なし日向夏」ができるようになった。

県でもみやざきブランド推進事業として取り組み、加工果汁用としても奨励されている。このところ栽培面積、収量ともに漸増傾向にある。

平成19年産は栽培面積182ha、収穫量2149トンで同様にみていくと20年産は190ha、2293トン、21年産は187ha、2719トン、22年産は197ha、3153トンと漸増傾向で推移している。同様に農協の共販も漸増傾向で推移しているようだ。

宮崎市清武で「日向夏」栽培に取り組む私の友人・谷村正さんも日向夏に惚れこみ力を入れているひとりだ。50アールの園地で35アールほどで栽培に取り組み、約9トンの生産量がある。谷村さんは「10アールで3トンの収穫量を目標にしていますが、なかなか計画どおりにいきませんよ」と栽培の難しさを語る。

ところで谷村さんはかつて全農、宮崎県経済連で仕事をした経験があり、販売に関しては全国展開を睨んだ戦略が組める恵まれた立場にある。「日向夏は宮崎を代表する特産果実ですから、消費宣伝をもっと工夫する必要があります。東京の友人にも手紙を添えて自分の作品として送っていますよ」と草の根活動も忘れない。


★日向夏の 食べ方はリンゴの皮をむく要領で黄色い外皮を薄くむき、白い内皮を残す。

種のある中心部をさけるように7つか8つ、縦にそぎ切りする。とびきりの日向夏は 砂糖もはちみつもいらない。


他の柑橘類とは違い、果実の表皮における白い部分(内果皮、アルベド)もそのまま食べられるので、 皮の黄色い表面(外果皮)だけを薄く剥いで食べるほうがよい。 この白い部分はふかふかとした食感であり、苦みや渋みはない。これは剥かないでください。

「日向夏」の食べ方

★ そのまま食べたり(黄色い外果皮は剥く)、果汁を絞ってジュースにする。
★外果皮を剥いた後に、ふかふかの白い皮を多く残すようにスライスし、砂糖をかけて食べる。
★刺身にし、醤油をつけて食べる。
★太巻きの中の具や餃子の具にする。宮崎県発祥と言われるレタス巻きの具にも使用される。
★ 皮を利用してマーマレードにする。
★一般的な柑橘類と同じく果実酒にする。







2011年4月27日水曜日

わずか40%の食糧料自給率で、2000万トン余の残飯が・・・













 わずか40%の食糧料自給率で、2000万トン余の残飯が・・・

 

 

 

 





 毎日新聞は以前、企画特集で「食育を知る・考える」という紙面で「ショクイク」を世界へ発信しました。

目玉は服部栄養専門学校長と藤野食育料理研究家の対談であった。そのなかで服部先生は重要な指摘をされた。

「子供がご飯を食べ残しても、いまの親は注意をしない。箸を正しくもてる子供が非常に少ないのに、親は知らん顔です。米国の家庭を見て来て感心した ことがあります。

食事のときはテレビを消し、家庭の話題で盛り上がります。夜8時半ごろになると、親は『もう寝なさい』としっかりと言います。日本と違っ て、テレビやゲームを夜遅くまでだらだらとやらせている親はいません。

アフリカで観察したのですが、ライオンやゾウの親は、子どもが自活できるまでしつけて独立させています。人間の親はそのことを忘れたのかもしれません。動物も人間も、食卓のしつけで始まり、しつけで終わるのです」

このしつけがこれまでの日本人のバックボーンになってきたのだと思います。しかし、いまや食生活の変化と「躾」の喪失に日本人の堕落の始まりがある のではないかとさえ思います。テレビ番組で料理を食べる番組が多いですが、ゲストでも箸の持ち方が出来ていない人が多いようです。ゲストがたとえ美人で も、これを見ると私はゲンナリでお里が分かるような気がします。

そして、こう続きます。

「日本の食糧自給率はカロリーベースで40%しかない。フランスの自給率は130%、ドイツは91%、豪州は230%もあり ます。驚くなかれ、日本は毎年約2180万トンもの残飯を出しています。家庭から出る残飯だけでも1000万トンを超えます。世界では1日で約2万 5000人も餓死しているわけですから、無駄な残飯を節約して、その分の食料を援助に回すことはできないのかと思いますね。ノーベル平和賞を受賞したケニ アのワンガリ・マータイさんが提唱しているように、みながもっと”モッタイナイ”意識を身に付けることが大事でしょう」

カロリーベースで40%という先進国最低の食糧自給率で、年間2000万トン余もの残飯を出しているという、とんでもないこのパラドックス。ここまで堕落してしまった日本人は、もう神の怒りをかうような気がしてなりません。












2011年4月26日火曜日

「千住ねぎ」の産地を訪ねて







ねぎの中でも最高級品のねぎといわれるのが「千住ねぎ」。

いまでも鍋物屋さんや蕎麦屋さんでなどで愛用される。

このねぎを取り扱うのは築地市場でも大田市場でもない。千住にねぎ専門の市場があるのだ。

ところで千住ねぎの産地は埼玉県越谷市中島で元荒川と新方川が合流する三角州のところにある。

むかしは東京都内の葛飾区や江戸川区界隈にも産地が点在していたのだが都市化の波で追われた。

それにしても中島の産地はねぎ栽培では気候・風土とともに土壌にも適しているのだろう。

ねぎ畑で作業をしている生産者に一人ひとり声を掛けながら話を聞かしてもらっている。トラクターで畑を整地していたねぎ栽培3代目杉山雄八さんに話 が聞けた。杉山さんの畑は道路より低地にあり新方川がよく氾濫すると、水に浸かったということで1メートルほどの盛土をした。その上に鶏糞を入れて畑づく りをされたようだ。

この伝統ねぎもいまではタネがF1になってしまったということを、以前に鈴木清貴さんに聞かされたので、「固定種はないのですか?」と聞くと、まだ 固定種で栽培されている生産者もいますよとのことであった。ガゼンこちらも元気がでてきて身を乗り出すと、「オレも昨年、購入したんだよ」と説明。生産者も 固定種が美味しいということは分かっているんだよと続けた。ただF1なら夫婦二人でも栽培可能だが固定種で栽培となると4人は労力が必要となるそうだ。


杉山さんの自宅で固定種のタネを見せてもらった。

★元蔵ねぎ(秋冬ねぎで、11月から4月までの販売)
★吉蔵ねぎ(夏ねぎ、6月から10月まで)
★元晴ねぎ(春ねぎ4月初旬から5月初旬)

すべてこの地のねぎ生産者の先覚者の名前から命名されている。

しかし、もう自家採取する生産者はいないので種苗会社の管理となった。種苗会社ではこうしたタネの採取をオーストラリア、ニュージーランド、チリ、イタリアなどで行っているのだ。

杉山さんは農協のグリーンマルシェの直売所でも販売されているが、固定種を復活することはできませんかと問うと、「来年は5畝ほどに元蔵ねぎを播種し てみるよ」という答えが・・・。そして千住ねぎではなくて、越谷ねぎのブランドをこの固定種で高めていく必要があるなということであった。






2011年4月25日月曜日

飛躍する万果グループ

充実してきたフルライン・サプライヤーとしての機能



全国卸売市場の仲卸は、店舗数が激減しそうな気配である。とくに果実の仲卸が顕著であるようだ。


■写真:中川恵次 万果グループ代表

果実の市場経由率は平成16年の統計で 49%とついに50%のシェアを割り、その後もシェアダウンが続いている。そうしたな かでひときわ意気軒昂な果実の仲卸があるのだ。

大阪のマンカ流通グループである。

本部としてはマンカシステムサービスがあり、仲卸店舗としては 大阪市中央卸売市場・本場を拠点に万果があり、大阪府中央卸売市場でもマルマンという店舗展開。さらに新三協食品流通センター、浩栄、三協、ジェイアンド エフ、ココロ、ニシムラでフルラインの対応をするマンカ流通グループ(中川恵次代表)が形成されている。

このようにして流通センター、運輸部門、小売部門、花き事業などを展開しているのである。大手量販店、生協などへのフルライン・サプライヤーとして発展してきた。


私 は長年、同グループをウオッチングしてきたが、フルライン・サプライヤーとして商社的機能を装備したという意味で、おそらく日本一の仲卸だろう。

他の仲卸の追随を許さない。


■万果本社ビル


人材も各社にサムライたちが育ってきた。東京・大田市場にだってこうした仲卸はいない。

これから規制が緩和され流通が激変する なかで、同社の存在は大きな意味を持ってくるだろう。

かつて大田市場、大手仲卸の若手経営者を引き連れて、大阪の同社を訪問したことがある。大田市場では神田市場の伝統を引き継いできただけに日本一の機能を装備していると思っている。これではいかんということで大坂市場を案内したのである。

そのとき15名の同行者が異口同音に発した言葉が「マンカ流通グループはもう仲卸ではなく、商社ですね!」ということであった。


同グループの歴史は川勝文次さんが個人商店として営業されていたものを、昭和39年12月に株式会社万果として創業されたのがスタートである。

続いてバナ ナの自由化に対応して昭和40年、場外の摂津市に3人の協同で三協が設立され、これが発展して新三協食品流通センターとなった。

社長も創業者の川勝文次さんから、森栄一さん、磯部誠治さん、中川恵次さん、そして同じ姓だが血縁関係はない中川哲夫さんとバトンは続いている。


いまでは川勝文次さんの個人商店時代を支えた役員は中川恵次代表お一人となった。創業者、川勝文次さんの先見性はだれしも高く評価するところだ。

そこで中川代表にどんなお人でしたか訊ねると「仕事中はとても厳しい方でした よ。しかし、いったん仕事を離れるとじつに温もりがあり、また私欲のない方でした」とのことで「私は命日のお墓参りは欠かしたことがありません」と創業者 の遺徳を偲ばれている。

それにしても昭和40年代初期に、仲卸が商社的機能をめざして場外に進出するとは大英断であったのだ。

東京の神田や築地市場で場外にセンターを作ろうなどという発想をした仲卸はどこにもない。ところが大手量販店対応をするならセンターなくしてできないのである。昭和40年代というとまだ八百屋の勢力が相当あったために一般的には考えなくてもよかったのである。そして場外に出るとノウハウが全く違ってくるのだ。商社的発想を取り入れていかないといけない。

水面下では流通が大きく変わろうとしているのをどう読みこなすかが勝負どころである。仲卸だけではない。卸だって同じだ。この対応を誤ったために名門の卸が格下の卸に買収されたところはいくらでもあるのだ。

いまでは地価高騰で用地の確保だってままなら ないのだ。まだ多くの仲卸が市場の中でしか仕事をしていない。それは待ちの仕事である。市場外に積極的に営業活動できる仲卸がいないのだ。たとえば、築地 市場の仲卸などはまだ金の座布団に座ったままの商売である。これからは市場に仕入れに来ない見えない顧客に、どう営業を展開していくのかが勝敗を決する。

そうした意味でマンカ流通グループ発展のカギは、市場外の流通センターの存在が握っている、といっても決して過言ではないだろう。







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2011年4月24日日曜日

取引をする前にまず人間性を磨いておこう!


長崎・五島の野菜の移出業者があるご縁で大坂市場の仲卸と取引を始めた。

この仲卸の専務は先代の社長に仕えた真面目な仕事人であった。2年くらい取引が続いて慣れが生じてきたころ相場も低迷した。そのとき移出業者は我慢できなくなり同市場の別の仲卸と浮気をしてしまった。

しかし移出業者は大坂市場に足を運んだことがなかったために現場の様子が分からない。ここに大きな落とし穴があった。荷物は市場の同じ土間に届くのである。

その専務が気付かないわけがない。違う仲卸にも送ったという連絡があればまだ救われたのだが、こういう時は人間ナイショで行うのが常である。

一生懸命、この専務が取引を育てようと努力したのがこれで完全に方向転換。当然である。結局のところこの移出業者は二頭を追えなかったことは言うまでもない。

取引は崩壊し移出業者の評判まで落としてしまった。これまでこうした事例を何回目撃してきたことか!取引失敗事例集の本が書けるほどだ。いやほんとにこれまでの失敗事例をまとめておこう。

大分の日田にとても素晴らしい日本梨を栽培する生産者がいた。東京の有名デパートのバイヤーがその生産者に目をつけ日参した。やがて取引が始まった。そこへライバルの大手スーパーのバイヤーもやってきた。そうした事情を理解できる生産者ならまだ賢いのだが、その生産者は有頂天になりそちらとも取引を開始した。結果、どちらのバイヤーも手を引いてしまったのだ。こうして自分のポジションを失くしてしまう生産者も多いのである。

結局のところ商道徳がわかっていないために商売が発展していかないのだ。こうしたことは世の中に蔓延しているのではないだろうか。取引をする前にまず人間性を磨いておかねばならないだろう。

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2011年4月23日土曜日

盛り上がれ!板橋市場の風評被害産地支援バザー

東京都中央卸売市場・板橋市場」では23日午後1時から風評被害にあっているとされる福島・茨城・栃木・群馬・千葉の生産物を販売するイベントを開催した。

あいにく横殴りの雨が降るなかで消費者の出足は悪かったものの支援体制の輪が広がった。5月にも実施される予定。

これは板橋区、板橋市場協会、東京豊島青果、東京富士青果が合同で企画主催されたものである。

首都圏の中央卸売市場でこうした産地の支援活動をしていけばかなり大きな勢力となっていくだろう。市場は国内産地あってのものだ。市場はいまこそ産地支援に立ち上がろう!