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2026年10月4日日曜日

売上は「追いかけるもの」ではない

 

 


 

 

 

 

 

 

 「また、あなたの野菜を食べたい」
と思う人を大切にしたい

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから


売上を増やしたいなら、売上ばかり見ないほうがいい。
農業をやっていて、そう思うようになった。

もちろん、売上は多いほうがいい。農業だって仕事だから、利益がなければ続けられない。でも、数字ばかり追いかけ始めると、いつの間にか大切なものが見えなくなる。

・一つひとつの野菜を見る時間が減る
・梱包が雑になる
・お客様への対応がおろそかになる

そして最後に悲しむのは、
僕の野菜を楽しみに待ってくれていたお客様だ。

それでは本末転倒。僕は、100人に「ちょっと気になる」と思ってもらうより、たった1人に「また、あなたの野菜を食べたい」と思ってもらいたい。

売上は「追いかけるもの」ではなく、目の前の1人を大切にした結果、あとからついてくるもの。

だから僕は、なんとなく興味を持ってくれる100人より、僕の野菜を楽しみにしてくれる1人を大切にしたい。 

 

 

 

 

 

2026年9月29日火曜日

F1の変遷

 


 

 

 

 

 良いものを選んで残すではなく、
都合の良いものを見つけて利用する

 

== 雄性不稔という性質==

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

石井吉彦|種と土と野菜の学校「石井ピュアファーム」代表


「F1の変遷」 
①良い種を選ぶことから、商品としての種へ

種選びは、もともと単純なものでした。

育ちの良かった株、味の良かった株、その年をちゃんと生き延びた株。そこから種を採り、また蒔く。それだけのことでした。

この単純さの中には、大事な条件がひとつ、自然に含まれていました。種を選ぶ人と、その種を食べる人が、同じだったということです。自分や家族が食べるものを、自分で選ぶ。だから、安心かどうかを、わざわざ考える必要すらありませんでした。安心は、後から付け加えるものではなく、種選びの土台そのものだったのです。

■ 「そろう」ことが、商品になった

この単純な種選びに、最初の転機が訪れます。遠い性質を持つ株同士を掛け合わせると、その一代目だけが、親よりも勢いよく、そろって育つ。雑種強勢と呼ばれる現象です。

野菜のF1は、日本が早く実用化しました。1924年、埼玉県でナスの交配種が農家に出されています。アメリカではトウモロコシで実用化が進み、収量が大きく伸びました。日本の野菜の種も、昭和40年ごろを境に、市販の多くがF1へ移っていったとされています。

ここで、種を選ぶ理由が変わり始めます。育ちが良いから選ぶのではなく、そろって、早く、見た目よく育つから選ぶ。種は、食べる人のためのものから、市場で売るためのものへと、少しずつ性格を変えていきました。

■ 効率のために、自然の摂理を利用した

F1の種を大量につくるには、片方の親の花粉を、人の手で一つずつ取り除く作業が必要でした。この手間を省くために使われるようになったのが、雄性不稔という性質です。花粉をつくれない株を、あえて種づくりに利用する技術です。

本来、花粉をつくれないというのは、植物にとっては遺伝子の異常であり、自然界であれば真っ先に淘汰される性質です。それを、人は効率のために逆手に取りました。淘汰されるはずのものを、都合よく使う。ここに、それまでとは違う価値観がはっきりと表れています。

良いものを選んで残す、ではなく、都合の良いものを見つけて利用する、という考え方です。

(②へ続く)

#種と土の奇跡 #無肥料栽培 #自家採種 #F1 #固定種 #石井ピュアファーム #未来の食卓 

 

 

 

 

 

 

2026年9月28日月曜日

現場に立てば、「なぜ、こうなっているのか」が見えてくる

 


 

 

 

 

 

 

 世の中を動かす人ほど、
現場に戻ったほうがいい

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから


農水省で働いていた頃には見えてなく、農家になって初めて見えたものがある。

自分の手で土を触り、泥まみれになって野菜を作る。近所の農家と立ち話をする。

「今年は暑すぎる」
「この値段じゃ厳しい」
そんな何気ない話を聞く。

自分で作った野菜を届け、お客様から直接、感想をもらう。
そうやって現場に立つようになって、同じ「農業」でも、以前とはまるで違う景色が見えるようになる。

データを見ることも、制度を考えることも大切。でも、数字や資料だけでは見えないものが確実にある。
現場に立てば、「なぜ、こうなっているのか」が見えてくる。

逆に現場を知らなければ、正しいことをしているつもりでも、いつの間にか現実とズレていく。これは農業だけの話じゃないと思う。

世の中を動かす人ほど、現場に戻ったほうがいい。答えは会議室より、現場に落ちていることのほうが多いのだから。 

 

 

 

 

 

2026年9月25日金曜日

えっ、農業で飯食っていけるの?


 

 

 

 

 

 その一番根っこを支える仕事が、
もっと大切にされる世の中であってほしい

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから




友人「久しぶり!今、何やってるの?」
僕「農業だよ」
友人「えっ、農業で飯食っていけるの?」

農業を始めてから、何度か言われた言葉だ。

悪気がないのは分かっている。たぶん、それが今の世間から見た「農業」なんだと思う。
でも、いつも少し不思議に思うんだ!

どんな仕事をしている人でも、食べずに生きていくことはできない。なのに、その食べ物を作る仕事に対して、
「それで食っていけるの?」と心配される。
もちろん農業は簡単じゃない。

天候にも左右されるし、思ったように収穫できないこともある。僕自身、楽に稼げる仕事だなんて一度も思ったことはない。

それでも思う。

食べ物を作る農家が、農業だけでは食っていけないのが当たり前なら、おかしいのは農業じゃなくて、そんな世の中の方じゃないだろうか・・・

食べることは、生きること。
その一番根っこを支える仕事が、もっと大切にされる世の中であってほしい。 

 

 

 

 

 

2026年9月23日水曜日

田舎や農業をもっと身近に

 


 

 

 

 

 前回の投稿、
想像を超える反響

 

 

 

 

 


 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



前回の投稿、想像を超える反響で、全く返信できていません。申し訳ありません。

でも、これだけ多くの方が「農業」や「食」について考えてくださったことを、とても嬉しく思っています。

僕はもともと普通のサラリーマンでした。

お金を稼げば豊かになれる
食べ物はスーパーに行けば買える
足りなければ外国から買えばいい

本気でそう思っていました。でも農業を始めて気づいたんです!食べ物は、お金から生まれるわけじゃないと・・・

土があり、種をまく人がいて、育てる人がいて、初めて僕たちは食べることができる。

このアカウントでは、そんな僕が農業を通して気づいたことや、野菜を作る日々、田舎での暮らしを発信しています。

田舎や農業をもっと身近に。
「食べる」の向こう側にいる人たちを、もっと身近に。
これからも畑から、僕なりの言葉で伝えていきます。 

 

 

 

 

 

 

2026年9月21日月曜日

地に足をつけて生きる

 


 

 

 

 

「豊かさ」とは何か

 

 

 

 

 

 


 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



ぶっちゃけ、農業はそんなに儲かる仕事ではない。
それでも僕は、絶対に辞めるつもりはない。

「農業を放棄した国はいずれ滅びる」と思うからだ。

昔の僕は、お金さえあれば何でも手に入ると思っていた。食べ物だって同じ。スーパーに行けばいつでも並んでいる。足りなければ外国から買えばいい。

でも、自分で土に触れ、野菜を作るようになって、それが「当たり前」ではないことに気づいた。お金があっても、作る人がいなければ食べ物は生まれないのだ!

農業を始めるまで、そんな当たり前のことにすら気づいていなかった。たくさん稼ぐことだけが「豊かさ」だと思っていたから・・

自分たちが食べるものを、自分たちの土地で作れること。それを次の世代にも残していくこと。それも、この国にとって大切な「豊かさ」だと思う。

儲からないから、やめる。そんな単純な話ではない。
お金だけを追いかけていた僕に、本当の意味で「地に足をつけて生きる」ということを教えてくれた農業。

だから僕は、今日も畑に立つ。
農業に、心から感謝している。 

 

 

 

 

 

2026年9月19日土曜日

自分の仕事の先にいる人の顔が見える

 


 

 

 

 

 

 

「ありがとう」と、その一言が・・・ 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから




「ありがとう」と、直接言ってもらえる仕事がしたかった。
ただ、それだけだったのかもしれない。

30代の頃。毎日働いて、給料をもらって、生活していく。でもいつしか、「僕は何のために働いているんだろう」と考えるようになった。

組織のため
生活のため
お金のため

もちろん、どれも大切なこと。
それでも僕は、自分の仕事が誰の役に立っているのか、実感できずにいた。そんなときに趣味で始めたのが家庭菜園。

土に触れ、汗をかき、自分の手で野菜を育てる。

採れた野菜を家族やご近所に渡すと、
「美味しかった」
「ありがとう」
と喜んでもらえた。
たった一言なのに、本当に嬉しかったんだ!

自分が作ったものが誰かの食卓に並び、その人が喜んでくれる。
「ああ、僕はこういう仕事がしたかったんだ」

農業を本気で仕事にしようと思ったのは、儲かりそうだったからでも、田舎暮らしに憧れたからでもない。

自分の仕事の先にいる人の顔が見える。
そんな仕事をしたかったからだ。 

 

 

 

 

2026年9月16日水曜日

「自分は自分」でいい

 


 

 

 

 

 

「美味しかった。また食べたい」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 こうした野菜は市場流通には馴染めない。

規格を統一し効率化を推進してきた市場流通では、せいぜい「移動販売コーナー」でしか扱われない。卸売会社にとっては効率が悪すぎるから力が入らない。

これまで効率化を推進してきた「F1種」はいわば無精子状態だから、味は良くないし将来問題もでてこよう。

「安心・安全」は二の次となっているのだから・・・

よしきさんの農業は、そこを見事に差別化している。

 

 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから


スーパーに並ぶ野菜を見るのが嫌だった時期がある。
形が揃っていて、虫食いもなく、どれも綺麗。

その横で自分の野菜を見ると、「こんなのでお金をもらっていいのか」と落ち込んだ。

有機で野菜を作り始めた頃は、何度もそんな気持ちになったんだ!

でも頑張って農業を続けていると、「美味しかった。また食べたい」という言葉をもらえるようになる。

僕の野菜を楽しみに待ってくれる人がいる!
どうやら、僕は比べる相手を間違えていたようだ・・

そのことに気づいてから、少しずつ自分の野菜に自信を持てるようになった。

人と比べれば、足りないものはいくらでも見つかる。でも、自分にしかないものだって必ずある。

大切なのは誰かと同じになることじゃなく、自分の価値を必要としてくれる人に届けること。

仕事、恋愛、これはなんでも同じじゃないかな・・
「自分は自分」でいい。

今は、そう思って野菜を作っている。






 

2026年9月12日土曜日

人生、無駄な経験なんて一つもない

 


 






「顧客をさばく」を反省して 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



100人に「まあまあ」と思われる野菜より、たった1人に「あなたの野菜が食べたい」と言われる野菜を作りたい。

だから僕は、なんとなく買ってくれる100人より、本当に喜んでくれる1人のために有機野菜を作る。

もちろん、それでは売上が落ちることもある。効率だって悪い。でも不思議なことに、お客さんの満足度も、作っている僕の満足度も、今のほうがずっと高い。

会社員だった頃、忙しくなると当たり前のように「顧客をさばく」という言葉を使っていた。今思えば、ずいぶん傲慢だったと思う。

でも、あの頃の自分を否定するつもりもない。会社員時代に必死で働いた経験があったからこそ、今になって気づけたこともたくさんある。

遠回りに見えた経験も、失敗したと思った時間も、後になって意味がわかることがある。

人生、無駄な経験なんて一つもない。 

 

 

 

 

 

 

 

2026年9月6日日曜日

好きなことを仕事にしよう

 

 


 

 

 

 

 

 人生を変えるヒント

 

 

 

 

 

 


 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから




「好きなことを仕事にしよう」

そう言われても、好きなことなんて簡単には見つからない。だったら逆に、「嫌なこと」を一つずつ減らしてみる。

僕は、
サラリーマンが嫌だった
煩わしい人間関係が嫌だった
ゴミゴミした都会が嫌だった
スーパーで食べ物を買うのも嫌だった

じゃあ全部やめたら、どうなる?

気づけば今、田舎の山奥で有機農業をしている。
確かに収入はサラリーマン時代より減った。便利なものも減った。

でも、不思議なくらい幸福度は上がった。
「何がしたいか」が分からなくても、「何が嫌か」なら分かることがある。

人生を変えるヒントって、案外そこにあるのかもしれない。 

 

 

 

 

 

2026年9月2日水曜日

田舎に移住して6年目

 


 

 

 

 

 

 「もっと」を求めていた頃

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから




もっと欲しい
もっと稼ぎたい
もっと評価されたい
もっと便利な暮らしがしたい

昔の僕は、ずっとそう思っていた。
でも不思議なことに、一番「もっと」を求めていた頃が、一番満たされていなかった。

田舎に移住して6年目。

ここには、ないものも多い。
でも、なければ工夫する。作ってみる。人に頼ってみる。その過程が、案外楽しい。

「もっと、もっと」と上を見続けるより、今あるものに目を向けるようになったら、「これで十分。けっこう幸せだな」と思えるようになった。

豊かさって、増やすことだけじゃないのかもしれない。 

 

 

 

 

2026年8月31日月曜日

この先、日本の食料って大丈夫なの

 

 







 自分で食べるものを一つ育ててみる

 

 

 

 

 


 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



「この先、日本の食料って大丈夫なのかな」

食料自給率、農家の減少、耕作放棄地…。
昔はそんなニュースを見るたび、漠然と不安になっていた。

でも農地を持ち、自分で食べ物を作るようになって、その不安がずいぶん小さくなった。

たぶん怖かったのは、「自分には何もできない」と思っていたから。
別に農家になる必要なんてない。

庭の片隅でも、プランター1個でもいい。
自分で食べるものを一つ育ててみる。

それだけでも「何もできない」から「自分にもできる」に変わる。

写真は冬瓜。小さな実が日に日に大きくなっていく。

食べ物を自分で育てられるって、思っていた以上に心強い。

そして何より、毎日ちょっと楽しいのだ☺ 

 

 

 

2026年8月27日木曜日

じゃがいもを植えた

 


 

 



今日できることをやって
あとは信じる

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



じゃがいもを植えた。
農業は今日頑張っても、明日結果が出る仕事じゃない。

芽が出るのか?病気にならないか?ちゃんと収穫できるのか?
心配ばかりで最後まで分からない。

台風で全滅して泣いたこともあれば、「美味しかった」の一言に飛び上がって喜んだこともある。

自然は思い通りにならない。
だから農業は面白い!
今日できることをやって、あとは信じる。

さて、このじゃがいも。
数か月後、どうなっているかな☺ 

 

 

 

 

 

2026年8月25日火曜日

これが農村の現実なんだと思う

 


 

 

 

 

 

 

 村のベテラン米農家が
農業をやめようとしている

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



去年は「米が足りない」「米が高すぎる」と大騒ぎだった。
ところが今年、農家に示された米の概算金は、一転して大幅下落。

そんな中、村のベテラン米農家が農業をやめようとしている。
「もう限界だ」と。

ずっと尊敬してきた農家だったから、ショックだった。

でも、これが農村の現実なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

2026年8月23日日曜日

無肥料栽培の基本

 


 

 

 

 

無肥料栽培では
直播を基本とします

 

 

 

 

 

 


 

石井吉彦|種と土と野菜の学校「石井ピュアファーム」代表さんから



無肥料栽培の基本 6.直播を基本とする

— 無肥料の苗作りと直播の違い—

直播を基本とする — 無肥料の苗作りと直播の違い

無肥料栽培では、直播を基本とします。

一般の苗作りは、肥料を入れた床で育てることが多く、無肥料の畑とは相性がよくありません。

では、肥料を使わずに苗を作った場合と、無肥料で直播した場合とでは、何が違うのでしょうか。

結論から言うと、無肥料で苗を作っても、直播の代わりにはなりにくいというのが実感です。

理由は、肥料の有無だけではありません。

■ 根の伸び方が違う

直播では、発芽した根が最初から畑の土へ入り、真下へ深く伸びやすくなります。

深く入った根は水を求めやすく、倒れにくく、環境の変化にも強い株に育ちやすい。

一方、ポットや苗床で育てると、根は容器の中で巻いたり、横へ回ったりしやすくなります。

肥料を入れなくても、「容器の中で育つ」こと自体が、根の形を変えてしまうのです。

■ 育つ場所が最初から同じかどうか

直播は、最初から実際の畑で育ちます。

苗作りは、無肥料の床であっても、最初の大事な時期を別の環境で過ごし、あとから植え替えることになります。

このズレは、決して小さくありません。無肥料栽培では、種と土の最初の接点を大切にしています。

途中で合わせるより、最初からその畑で合わせるほうが自然だからです。

■ 植え替えの切れ目がない

苗を植えると、根が傷ついたり、水の吸い方が一時的に乱れたり、生育が止まったりすることがあります。

直播には、この切れ目がありません。

無肥料栽培は、外から肥料で立て直すということをしません。だからこそ、途中で株を弱らせないことが、より重要になってきます。

■ 畑の環境に最初から慣れる

直播の株は、最初からその畑の温度差、風、乾燥、日照を受けながら育ちます。

苗床や育苗場所は、どうしても実際の畑より守られた環境になりやすいものです。

実際の畑へ出したあとに、その環境差を受けやすいのが苗。

最初からその差の中で育つのが直播、ということになります。

■ 生育の順番が違う

直播は、初期の生育がゆっくりに見えやすい傾向があります。

先に根を張り、そのあとで茎葉が伸びるという順番になりやすいからです。

苗は、ある程度育った状態で植えるため、最初は進んでいるように見えます。

しかし無肥料栽培では、見た目の早さより、根が確かに土へ入っていることを優先します。

早いことが、そのまま強いこととは限りません。

■ 芽が出ないところも観察の材料になる

直播では、発芽が揃わなかったり、芽が出ないところができたりすることがあります。

不便ではありますが、どこが発芽してどこがしないかは、土のムラや条件の差を教えてくれる貴重な情報です。

苗を均一に植えてしまうと、この情報は見えにくくなってしまいます。

■ 管理が増えにくい

苗作りは、床土の準備、温度や水の管理、植え付け適期の判断、植え傷みへの対応など、どうしても工程が増えやすくなります。

直播は、種を蒔き、あとは畑を観察するのが中心です。

資材も工程も増やさない無肥料栽培の考え方と、直播はよく合います。

■ 自家採種では、違いがさらに大きくなる

自家採種の種は、その畑で残り、種まで行きついた株の子です。

直播であれば、覚えた場所にそのまま戻り、発芽からその畑の条件で育っていきます。

根の入り方や、その後の生育の安定にもつながりやすい。

苗作りの場合、種そのものは良くても、最初の環境が実際の畑とずれてしまいます。

「その畑の種」という力が、そこで弱まりやすいのです。

自家採種を続けるほど、その畑へ直播されること自体がひとつの選抜にもなっていきます。

だから、自家採種した種は、できるだけ直播するのが基本です。

■ まとめ

無肥料の苗作りと直播の違いは、肥料を入れないかどうかだけにとどまりません。

・根が深く入るかどうか

・最初から実際の畑で育つかどうか

・植え替えの切れ目があるかどうか

・その畑の環境に最初から慣れるかどうか

・根から育つ順番を守れるかどうか

・自家採種の力がそのまま生きるかどうか

これらすべてが、違いとして表れてきます。

苗は、寒地や発芽の難しいものなど、どうしても必要なときの補助にすぎません。

無肥料栽培の基本は、あくまで畑に直接蒔くことです。 

 

 

 

 

 

有機農業を始めるなら

 

 


 

 

 

 

 

 

 どこなら
自分らしく続けられるかを優先

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



有機農業を始めるなら、有機農業が盛んな産地に行った方がいい。普通なら、そう考えると思う。

技術を学べる。
仲間もいる。
販路だってある。

それでも僕は、あえて誰も有機農業をしていない田舎の山奥を選んだ。理由は単純。
争いの中で農業をしたくなかったから。

農地の取り合い。
お客様の取り合い。
売上や規模の競争。

僕は、誰かと競争するために農業を始めたかったわけじゃない。
朝、畑に出て、野菜を見て、土を触って、昨日より少しでも良いものを作る。ただ、それに集中したかった。

だから、誰も有機農業をしていない田舎の山奥を選んだのだ。

ただ・・
不便だし、販路も自分で作らなきゃいけない。決して有利な場所じゃない。

それでも僕には、この場所が合っていた。
どこで戦えば勝てるかより、どこなら自分らしく続けられるか。

仕事をする場所って、案外そうやって選んでもいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

2026年8月13日木曜日

農業は無から有をつくる

 

 


 

 

 

 

 

 畑には生命が宿る

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


よしき@九州の山奥で有機農業さんから



山間部では農家の高齢化が進み、耕作放棄地も増え続けている。
正直、明るい未来なんて見えやしない。
でも、最近あらためて思うんだ。

僕ら農家は自分たちが食べるものを、自分たちでつくれる。

農地がある。
技術がある。
経験がある。
これって、本当はもの凄いことじゃないだろうか。

ーーーー

新卒で入った食品メーカーで製造部に配属になる。

1㎏の肉を2㎏に水増しするために添加物。

食感をよくするために添加物。

着色するために添加物。

毎日、添加物ばかりで嫌気がさした。

ノルマで製品を親や親戚にも送るように指示があったが。

拒否って会社を辞めた。

大切な人に送るものでないと思ったから








 

2026年8月11日火曜日

それが農業だった

 

 


 

 

 

 

 

 世間に流されず
自分の意志で仕事を選んだ

 

 

 

 

 

 


 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



いい大学に行って、大きな会社に入れば人生は安泰。
ずっとそう思っていた。

先生や親の言うとおり大学に行き大きな会社に入った。教科書どおりの人生だった。なのに、全然楽しくないし働いても思ったほどお金は残らない。

20代後半になって初めて、
「俺は一度でも、自分で人生を選んだことがあるんだろうか」と思った。

そこで初めて、世間に流されず自分の意志で仕事を選んだ。
それが農業だった。

 

 

 

 

 

2026年8月9日日曜日

自然界に「裸の土」はほとんどない

 

 


 

 

 

 だから、草マルチ

 

 

 

 

 


 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから



自然界に「裸の土」はほとんどない。

落ち葉、枯れ草、枝……地面には常に何かが積もっている。

それが分解され、微生物が働き、土に還っていく。

だから、草マルチ。

刈った草を捨てるのではなく、土の上に敷いてあげる。

「草を資源として循環させる」これこそ、自然の摂理に沿った農のひとつだと思う。 

 

 

 

 

 

2026年8月7日金曜日

常時、10~20種類の野菜が植わっている我が家

 

 


 

 

 

 

 

 

 妻が包丁を持って畑をウロウロ

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

よしき@九州の山奥で有機農業さんから




妻が包丁を持って畑をウロウロ。

常時、10~20種類の野菜が植わっている我が家では、野菜に困ることはない。

お米は近所の農家から分けてもらえるし、肉は鹿やイノシシのお肉を猟師から分けてもらえる。

一般家庭より安くで食材が調達できる分、調味料や油などはかなりのお金をかけている(^^♪