2012年12月1日土曜日

フクイツネミの妄想つぶやき<その3>シゴト


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福井 恒美さんからシェア



フクイツネミの妄想つぶやき<その3>シゴト

田舎のシゴトについて考える。田舎は仕事がないから・・・と良く聞く言葉です。本当にそうだろうか・・と言う事を書きたいと思っていたけど、毎日バタバタして遅くなってしまった。さて、「シゴト」一言で言うと、課題や問題を解決することがシゴトかな。あと便利にすること、喜ばれること。だとすれば、とっとり県はシゴトが多いはず・・・

しかしです、確かに耕作放棄地がたくさんあります。行政も民間も考えることは、「これを利用すればいいじゃん!」・・・でも経験ないと無理なんだな・・特に移住者は道具もいるし、助成があって学びながら生活出来て、そのあとも条件付きで農業できる資金も出して支援してくれる制度もあるんですが、それでも挫折してしまう方も当然あるわけです。これは全国どこに住んでもあるわけです。覚悟と想いと努力が必須なんだな。

農業のプロでもウハウハではないと思います。ではウハウハにしようと考えましょう。マーケティング、プロモーション、デザイン、写真撮り、印刷、ホームページ、ソーシャルメディアの利用・・・これ農家の人はできないかもね。でも出来る人がいればシゴトになる。 作ったものが売れると、作る人も増える、作る人が増えると耕作放棄地が減る。林業や漁業にも通じると思います。マッチングしましょう。

とっとり県の最大の武器は「とっとり県であること」当たり前だけど、大切なことなんだな。東京にならなくていいし、山梨や長野でもない。別に他県のまねをすることない。とっとり県と正面から向き合い風土や風習や気候さえも味方にすることは大切ですね。特に中山間地が多いとっとり県は作業は山ほどあるけど、でもシゴトにつながらない・・作業と仕事は違うんだな。でも発想とか、視点とか、角度を変えて見ると新たに生まれるものだと思う。

少子高齢化もそう。私がやっているリヤカー市は・・・自分の仕事が休みの週1回、日曜日の午前中歩いています。3時間でほぼ完売します。楽しいので続けています。町中にお年寄り多い地区はまだまだありますし、米子市や鳥取市もニーズはあると思います。自分で野菜を作ってリヤカーで売り歩く。りっぱにシゴトになるんです。コミュニティを持ちながら野菜を売っていますが、話すことでいっぱい情報が入ります。つまりリサーチできます。困っていること、喜ばれること、これに知恵と行動力が伴えば新たなシゴトにつながる気がします。

リヤカー市・・売るのは野菜にこだわらなくていいかもしれません。古本売ってもいいかも。移動図書とか。その他サービスを売ることもありかな。自分はおじさんだから(笑)夏は麦わら帽子でしたけど、若いひとがやればマルシェのイメージでやってもいいんじゃないかな。リヤカーもアルミ製もあるし、色を塗ってもいいし・・自分は、リヤカー市を組織化できたらいいな~と今考えています。

町中を歩きコミュニティを持つ・・そこにシゴトの種がいっぱいあることに気がつきます。そうです、シゴトって創ることもできるんだな。気がつかないだけかもしれません。自分はリヤカー市、始めてまだ半年です。ようやく何か見えてきたような気がします。あ、そうだ! 野菜を中山間地の方と手を組むと村の人にもいいですね。

と、言うことで何か中途半端なつぶやきになりました。シゴトの妄想は続きます。ご意見、ご感想、ご提案などあればドシドシ言って下さい。みなさんの熱いメッセージをお待ちしています。

IJU交流デザイナー フクイツネミ

放射能汚染下における日本への14の提言


大西 伸さんの写真をシェアしました。



放射能汚染下における日本への14の提言です。

あえて全文掲載しますので、内容ご確認の、上是非シェアしてください!



放射能汚染下における日本への14の提言

原子力の犠牲になっている私達の子供達

ヘレン・カルディコット医学博士

翻訳平沼百合 FRCSR
翻訳校正安友志乃 FRCSR

1979年にキューバを訪問した際、私は、道路脇にある「私達の子供達は国の宝です。」と宣言をしている看板の数の多さに驚きました。

小児科医の私にとって、それは共鳴に値することであり、そしてもちろん、真実でもあります。しかし、松村昭雄氏が記事で書かれたように、子供達は、今まさに現在進行形で、国際連合の政治的・原子力的協議事項と、そのほぼ全体を男性が占める政治家達の政治的生存競争、および「国家安全保障」の犠牲となっているのです。

この世界における現代のもっともな問題は、科学者達が一般の人々の科学に対する理解を促そうとせず、人々を置き去りにしている、という点にあります。つまり、一般の人々の科学に対する理解と認識は、科学の誤用、 おいても原子力科学の誤用が、生態圏と人々の健康を既に破壊し、今後も半永久に破壊し続けるであろう、と言う所に到達していません。

同時に、ほぼ全ての政治家、財界人、エンジニア、そして核物理学者においてすら、放射線生物学や先天性奇形、何代にもおよぶ遺伝性疾患について、あるいは、放射能に対する感受性は、子供達は大人の20倍であり、女の子は男の子の2倍、胎児の感受性は子供達より更にもっと高いということなど、全く理解していないというのが真実です。

従って、日本の政治家達の福島原発事故に対する反応は、根本的に無知だけでなく、ばかげたほど無責任であると同時に、それは、東京電力、そして日本の政治的議題の大部分を編成する傾向にある原子力産業との政治的な繋がりのせいでもあると言えます。

日本で責任ある地位につく人達は、こういった恐ろしい医学的予測を無視するか隠忙しく、その無知が故に、住民は高濃度放射能汚染区域に戻って住むか、または住み続ける事ができる、としています。東京ですら、家の埃、植物や土壌に、福島由来の危険な放射性核種が見つかっている場所があるにもかかわらず、です。

チェ ルノブイリでの甲状腺癌は、事故後3−4年たたない内に出現し始めました。(今までに9万2千人が甲状腺癌の診断を受けています。)しかし、事故後わずか12ヶ月で、福島県内の3万8千人の18歳以下の子供の内36%に甲状腺エコー検査により甲状腺のう胞か結節が見つかっています。(これらの病変のほとんどは、悪性腫瘍を除外するために、生体組織検査を行うべきです。)潜伏期間がこれほど短いと言うことは、この子供達が吸入と飲食によって取り込んだ
放射性ヨウ素による甲状腺被曝量が尋常ではない高さであるということは、疑いの余地がありません。

そして、これらの結果は、さらなる多種多様の癌の発症を予測させるに十分な、非常に悪い前触れです。何故なら、放射性ヨウ素以外に、何百種類もの放射性核種が放出され、それが今現在、食べ物、魚や人体で濃縮され、呼吸によって肺に取り込まれているからです。放射性核種の中には、数分だけしか放射能を放出しないものもありますが、多くの核種は、何百年も何千年も放射能を出し続けるために、日本の食べ物は今後、何世代にも渡って放射能汚染から免れることはできません。原子力事故に終わりはないのです。ヨーロッパ大陸の40%は今でも放射能で汚染されており、そしてこれから何千年もの間、放射能汚染が続くことになります。

だとすれば、日本はどのように対処すべきなのか。ここに提言します。

1. 日本国内全土、土壌と水の放射能検査を行い、現在の汚染状況を把握すべきです。これは、風によって、放射能汚染が福島の点源から何百マイル(注:1マイル=1.6km)もの遠方まで飛ばされるからです。

2.いかなる状況においても、放射能を帯びたゴミや瓦礫を焼却してはいけません。焼却すると、放射性核種が遠く広域に広まり、食べ物と魚で再濃縮するだけです。

3.すべての食べ物は、スペクトロメーターを用いて、特定の放射性核種の検査を十分に行うべきです。

4.放射能汚染された食べ物の売買や飲食をすべきではありません。また放射能汚染された食べ物を汚染されていない食べ物と混ぜて売買するべきではありません。放射性核種は、体内の様々な臓器内で再濃縮されるのです。

5.飲料水はすべて、毎週放射能検査を行うべきです。

6.日本の太平洋側で獲れた魚はすべて、これから長期に渡り、放射能検査をしなければいけません。

7.まだ高線量放射能汚染区域にまだ居住しているすべての人々、特に子供、妊婦や妊娠が可能な女性は、直ちに日本国内の放射能汚染がない場所へ避難してもらうべきです。

8.福島事故による放射能被曝を受けたすべての人達、特に新生児、子供、免疫力が低下している人、年配者などは、癌、骨髄抑制、糖尿病、甲状腺異常、心臓病、早期老化や白内障の医学的検査を徹底的に、そして生涯に渡って定期的に受け、必要であれば治療を受けなければいけません。白血病は、これから2−3年で出現し始め、5年でピークを迎えるでしょう。固形癌は事故後10年から15年で出現し始め、今後、70年から90年に渡る世代間で頻発する可能性があります。

9.日本のすべての医師や医療従事者は、ニューヨーク科学アカデミーから出版された、「チェルノブイリ大惨事、人と環境に与える影響」を読んで勉強し、自分達が直面している状況の真の医学的重大さを理解するべきです。

10.また、特に医師達、政治家や一般の人にも、私のサイトであるNuclear Free Planet

nuclearfreeplanet.orgにおいて更なる情報を得ていただき、私のラジオ番組、If You Love

This Planetで、福島やチェルノブイリに関連するインタビューを聴いていただき、私の著書、

Nuclear Power Is Not The Answerを読んでいただくことを、謹んで提言させていただきます。

11.国際医学コミュニティー、特にWHO(世界保健機構)は、直ちに結集し、上記で概要を述べたとてつもなく大きな任務を、日本の医療従事者や政治家が実行するのを助けるべきです。

12.日本政府は、国政的なアドバイスと援助を受け入れなければいけません。

13.非常に緊急を要する事項として、日本政府は、マグニチュード7以上の地震が起こった場合に福島第一原発4号機と使用済み燃料プールが崩壊しないよう、IAEA(国際原子力機関)と米国のNRC(原子力規制委員会)、そしてカナダやヨーロッパなどの原子力専門家の国際的アドバイスと援助を求め、受け入れなければいけません。

仮に、使用済み燃料プールが崩壊して地面に落ちた場合、その熱によりチェルノブイリの10倍の放射性物質が放出されるでしょう。無駄にしている時間はありません。現時点において、世界のコミュニティーは大惨事が起こるのを、無抵抗に待っているのです。

14.国際メディアと日本のメディアは、上記に述べたような日本からの事実を直ちに報告し始めなければいけません。そうしないことには、世界的な大惨事を招くことになります。

Helen Mary Caldicott ヘレン・マリー・カルディコット(1938年8月7日生まれ)はオーストラリアの医師、著者、反核唱道者。これまで、原子力や劣化ウラン武器の使用、核兵器拡散、戦争や軍事活動全般への反対を目的とする多くの協会を設立して来た。ラジオ番組 If YouLove This Planet を毎週主催し、原子力や核の問題、環境や人体への影響など時代を反映した鋭いトピックと、切れ味の良いトーク、人間味あふれる人柄で多くのファンを獲得している。

2009年には、National Women's History Projectにより、Women's History Month 受賞者に選ばれた。

生い立ちオーストラリア・メルボルン生まれ。カルディコットは、Fintona Girls' Schoolで教育を受けた後、アデレード大学医学部を1961年に卒業。1977年にはボストンのChildren's Hospital Medical Center のスタッフとなり、1977年から1978年までハーバード医科大学小児科にて教気」と発展しつつある原子力依存に注目させるべく、医学の道を去る。1982年にオスカーを受賞したNational Film Board of Canadaによる、論争を招いたドキュメンタリー映画If You Love This Planetの主役である。

をとる。1980年、スリーマイル島原子力発電所事故後、世界の目を核競争の「狂活動カルディコットは、政府関連の機密情報である、ザ・ハーシー・カンパニーは自社のペンシルバニア工場がスリーマイル島事故現場に近いために自社商品に使われた牛乳の放射能レベルを気にしていたと言う点に着目。また、ペンシルバニア州立大学工学部の1979年3月30日の研究を挙げ、ペンシルバニアの芝草に落ちた放射性汚染物質は、地元の乳牛に取り込まれたと言及し、これはスリーマイル島事故直後に政府から発表された報告書内の情報と異なる、と指摘した。カルディコットは、著書Nuclear Power is Not the Answer内でこの報告書に異議を唱えている。

また、1980年には、米国において、政府支出に占める原子力に対する割合を減らし、対処されていない社会問題に向けさせるための組織Women's Action for Nuclear Disarmament(WAND) を設立(組織は後にWomen's Action for New Directionsと名称を変更)。

1977年から1986年の在米期間中、(1961年に設立されたが実質1970年から1978年まで休止状態にあった)、Physicians for Social Responsibility(社会的責任を果たす医師団)を復活させ、1978年から1983年まで創立会長として、原子力の危険性について大衆や同僚を教育する事に専心する医師23,000人勧誘することに尽力した。また、米国外においても、原子力、核兵器、核戦争の医学的危険性の教育に焦点を合わせた同様のグループを各国で設立した。傘下組織であるInternational Physicians for the Prevention of Nuclear War(核戦争防止医師会議)は1985年にノーベル平和賞を授与。カルディコット自身、1982年にAmerican HumanistAssociationからヒューマニスト・オブ・ジ・イヤー賞を授与された。1995年には再び米国に渡り、New School of Social Researchでメディア、世界政治と環境について講義を行う。また、WBAI (Pacifica)で週刊ラジオ番組を主催し、STAR (Standing for Truth AboutRadiation)財団の創立会長となる。

6冊目の著書、The New Nuclear Danger: George W. Bush s Military Industrial Complexは2001年に出版された。この本の宣伝ツアー中、カルディコットは、ワシントンDCに本部を置くNuclear Policy Research Institute (NPRI)を設立。NPRIは主要メディアにおける、核兵器、エネルギープログラムやポリシーを含む原子力の危険性についての継続した大衆教育運動を促進した。NPRIはカルディコットと常任理事であるジュリー・エンスザーを中心とする組織である。NPRIは、大衆教育、キャンペーン、主要メディア内への働きかけ、シンポジウムの後援側に訴えかけ、原子力の全ての使用を止めるコンセンサスを生み出そうと試みた。NPRIは現在Beyond Nuclearとなっている。2008年、カルディコットは、Helen CaldicottFoundation for a Nuclear Free Future(核のない将来のためのヘレン・カルディコット財団)を設立。この財団は、毎週If You Love This Planet と言うラジオ番組を主催している。

元々ヒューストンのローカル局KPFTから始まったこの番組は、今では多数の米国、オーストラリア、カナダのラジオ局で放送されており、www.ifyoulovethisplanet.org からポッドキャストで聴くこともできる。またこの財団は、原子力、福島、そして核兵器に関する情報やデータを含む、NuclearFreePlanet.org と言うサイトも運営している。

2003年5月には、カルディコットは、「新しい原子力の脅威」と言うタイトルの講演を、サンディエゴ大学のジョーン・B・クロック平和と正義研究所の著名人講演シリーズで行った。
2004年のドキュメンタリー映画'Helen's War: portrait of a dissident'では、カルディコット博士の日常を姪である映画監督アナ・ブロイノウスキーの目を通して見る事ができる。

カルディコットは現在、米国とオーストラリアに居住し、核兵器と、原子力発電を含む原子力についての意見を促進するために広範囲での講演を続けている。21の名誉博士号を授与され、ノーベル賞受賞者のライナス・ポーリングによって、ノーベル平和賞に推薦された。2003年にはLannan Foundation Prize for Cultural Freedom を授与された。2006年にはPeaceOrganisation of Australia により「核時代の医学的・環境的危険性に対する意識を高める長期に渡る献身のために」一番最初のAustralian Peace Prize を授与された。スミソニアン博物館は、カルディコットを20世紀で一番影響力のある女性の一人だと呼んでいる。カルディコットは、スペインの前進的シンク・タンクであるFundacion IDEASの科学委員会の一員である。1992年に出版された著書"If You Love This Planet"の完全改訂最新版は、2009年9月にW.W.Nortonから出版された。

また、デニス・デレストラックの2010年ドキュメンタリー、"Pax Americana and theWeaponization of Space"で、外交問題専門家、宇宙安全活動家や軍関係者と共に、インタビューをされた。2012年3月23日には、サンタ・バーバラのフォークナー・ギャラリーで、満員の聴衆に、「福島、原子力と核拡散の医学的影響」について講演をした。

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12/1 おはようございます

おはようございます

爽やかな目覚めに感謝。

師走になりました。


皆さん、それぞれの思いできょうも素敵な出会いと交流を!

★今朝はプリメラとともに・・・


2012年11月30日金曜日

11/30 おはようございます

11/30 おはようございます

爽やかな目覚めです。

11月も晦日。

竹村真一先生の「太陽エネルギー論」に覚醒しました。

太陽から無尽蔵のエネルギーを頂いていることにまず感謝。


きょうも素敵な出会いと交流を!

★今朝はパンジービオラとともに・・・


2012年11月29日木曜日

11/29  おはようございます

おはようございます

今朝も冷え込みが厳しいですね。

気合をいれていきましょう。


きょうも素敵な出会いと交流を!

★今朝はツバキとともに・・・


2012年11月28日水曜日

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豊洲新市場建設について


豊洲新市場建設について(東京都の発表資料)


●移転整備の経緯

 築地市場は、昭和10年2月の開場以来、戦前戦後を通じ75年の長期にわたり、都民への安定した生鮮食料品の供給という役割を果たしてきました。また、水産物については、我が国のリーディング・マーケットとしての地位を築き上げるとともに、世界最大級の取扱規模を誇っています。
 しかし、モータリゼーションや物流形態の変化など、市場を取り巻く環境が大きく変化する中で、築地市場は施設の老朽化、場内の狭あい化が進み、都民の期待や時代の要請に十分応えられない状況になってきています。
 東京都では、平成3年に現在地での再整備に着手し、整備を進めましたが、工事の長期化や整備費の増大、営業活動への深刻な影響など多くの問題が発生し、業界調整が難航して、平成8年頃に再整備工事は中断しました。その後、平成11年に都と業界との協議機関である築地市場再整備推進協議会において、移転整備へと方向転換すべきとの意見集約がなされ、平成13年4月の東京都中央卸売市場審議会からの豊洲地区を移転候補地として検討する旨の答申を経て、同年12月「東京都卸売市場整備計画(第7次)」において、豊洲への移転を決定しました。
 その後、平成15年5月に「豊洲新市場基本構想」、平成16年7月に「豊洲新市場基本計画」、平成17年9月に「豊洲新市場実施計画のまとめ」を策定し、平成17年11月には、「東京都卸売市場整備計画(第8次)」において、豊洲新市場を、平成24年度開場を目途に整備することを明記しました。
 平成18年10月には、豊洲新市場の施設規模・配置などを取りまとめた基本設計相当について市場関係業界との間で大筋の合意を得ることができました。
 今後、東京都では、専門家会議による提言に基づき、技術会議でとりまとめていただいた土壌汚染対策を確実に実施し、豊洲新市場の平成26年度の開場を目指し、市場関係業界等の協力を得ながら、移転整備を進めていきます。

●移転予定地

東京都江東区豊洲6丁目 5・7街区及び6街区の一部
移転予定地

●敷地面積

約40.7ヘクタール

●開場予定

平成26年度

●取扱品目

  • (1)水産物
  • (2)青果物

●施設構成

  • (1)市場施設
    • 卸売場、仲卸売場、管理施設、関連店舗、転配送センター、加工パッケージ施設等
  • (2)千客万来施設
    • 「食」を中心とした「にぎわい」を創出する施設

●新市場の主な特徴

  • (1)食の安全・安心の確保
  • (2)効率的な物流の実現
  • (3)多様なニーズへの対応
  • (4)環境への配慮

●豊洲新市場開場時期および整備スケジュール

豊洲新市場開場時期および整備スケジュール

11/28 おはようございます

おはようございます

爽やかな目覚めに感謝。

北海道の皆さん大変ですが元気で乗り越えて下さい!


きょうも素敵な出会いと交流を!

★今朝はメドウセージとともに・・・


2012年11月27日火曜日

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まずは「すばる会員」へのご入会を!(年会費24、000円)

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11/27 おはようございます

おはようございます

爽やかな目覚めに感謝でスタート。


きょうも素敵な出会いと交流を!

★今朝はサルビアとともに・・・