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2015年12月11日金曜日

東京青果の若きセリ人はマーケティング、産地形成の仕方を学んでほしい

https://www.sbu25.com/
 












神田市場が大田へ移転して、すでに27年の歳月が流れた。

もう東京青果のセリ人で神田市場時代を体験した世代は少数派となった。

「あのころは、みんな大きな夢をもって仕事をしていたんだよ!、産地形成はこうしてやるんだよ!」と力説してもおそらく若いセリ人は理解できないだろう。

失われた20年が重く圧し掛かってきて身動きがとれない状態だから・・・。

せめて東京青果の若きセリ人はここからマーケティング、産地形成の仕方を学んでほしい。


■「博多万能ねぎはこうして生まれた」










2015年8月11日火曜日

「博多万能ねぎ」誕生の裏には仕掛け人が









~★博多万能ねぎはこうして生まれた★~ 




やはり東京青果のような販売力があり、

有能なセリ人がいないと、新商材の開発などはできません。

どこの市場と付き合うか決定的に重要です。








このねぎは東京青果の杉山勇部長なかりせば、九州のありふれた青ねぎで終わったことでしょう。


だからビジネスはこうした優秀な人といかに出会っていくかがカギを握ります。ただの「売り買い」の商売では大きく発展はしません。


そこを体得するのがビジネス発展の秘訣です。

2015年1月26日月曜日

商品開発は猿真似ではどうにもならない













福岡の「博多万能ねぎ」が京浜市場に浸透したころ、あんな小ねぎならオラが村にもあるぞということで共販体制がとられましたが、いつの間にか消えていきました。


結局のところ二番煎じではモノにならないのです。


伝統の京野菜が浸透してきたときにも、全国各地に「●●野菜」ブームが雨後の筍のごとく起こりました。


が、いまではすっかり下火となりました。


猿真似ではどうにもならないのです。




「博多万能ねぎはこうして生まれた」

2014年6月10日火曜日

農産物にマーケティングという言葉が使われた





「博多万能ねぎ」はJALカーゴで東京まで空輸されました。

このとき初めての空飛ぶ野菜として鮮度と信頼感をアピールしました。

そして農産物にマーケティングという言葉が使われました。

あれから30余年が経ちます。


2013年10月12日土曜日

博多万能ねぎはこうして生まれた







産地形成の仕方、農協共販の展開方法、農産物のマーケティング、輸送問題などすべてこの中にはあります。

成功の秘訣は最終的に人間同士の信頼関係が醸成されたかどうかですね。

いまでも内容豊かなテキストです。

興味のある方は是非ご覧を!

「博多万能ねぎはこうして生まれた」

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