良いものを選んで残すではなく、
都合の良いものを見つけて利用する
== 雄性不稔という性質==
「F1の変遷」
①良い種を選ぶことから、商品としての種へ
種選びは、もともと単純なものでした。
育ちの良かった株、味の良かった株、その年をちゃんと生き延びた株。そこから種を採り、また蒔く。それだけのことでした。
この単純さの中には、大事な条件がひとつ、自然に含まれていました。種を選ぶ人と、その種を食べる人が、同じだったということです。自分や家族が食べるものを、自分で選ぶ。だから、安心かどうかを、わざわざ考える必要すらありませんでした。安心は、後から付け加えるものではなく、種選びの土台そのものだったのです。
■ 「そろう」ことが、商品になった
この単純な種選びに、最初の転機が訪れます。遠い性質を持つ株同士を掛け合わせると、その一代目だけが、親よりも勢いよく、そろって育つ。雑種強勢と呼ばれる現象です。
野菜のF1は、日本が早く実用化しました。1924年、埼玉県でナスの交配種が農家に出されています。アメリカではトウモロコシで実用化が進み、収量が大きく伸びました。日本の野菜の種も、昭和40年ごろを境に、市販の多くがF1へ移っていったとされています。
ここで、種を選ぶ理由が変わり始めます。育ちが良いから選ぶのではなく、そろって、早く、見た目よく育つから選ぶ。種は、食べる人のためのものから、市場で売るためのものへと、少しずつ性格を変えていきました。
■ 効率のために、自然の摂理を利用した
F1の種を大量につくるには、片方の親の花粉を、人の手で一つずつ取り除く作業が必要でした。この手間を省くために使われるようになったのが、雄性不稔という性質です。花粉をつくれない株を、あえて種づくりに利用する技術です。
本来、花粉をつくれないというのは、植物にとっては遺伝子の異常であり、自然界であれば真っ先に淘汰される性質です。それを、人は効率のために逆手に取りました。淘汰されるはずのものを、都合よく使う。ここに、それまでとは違う価値観がはっきりと表れています。
良いものを選んで残す、ではなく、都合の良いものを見つけて利用する、という考え方です。
(②へ続く)
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