2026年9月29日火曜日

F1の変遷

 


 

 

 

 

 良いものを選んで残すではなく、
都合の良いものを見つけて利用する

 

== 雄性不稔という性質==

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

石井吉彦|種と土と野菜の学校「石井ピュアファーム」代表


「F1の変遷」 
①良い種を選ぶことから、商品としての種へ

種選びは、もともと単純なものでした。

育ちの良かった株、味の良かった株、その年をちゃんと生き延びた株。そこから種を採り、また蒔く。それだけのことでした。

この単純さの中には、大事な条件がひとつ、自然に含まれていました。種を選ぶ人と、その種を食べる人が、同じだったということです。自分や家族が食べるものを、自分で選ぶ。だから、安心かどうかを、わざわざ考える必要すらありませんでした。安心は、後から付け加えるものではなく、種選びの土台そのものだったのです。

■ 「そろう」ことが、商品になった

この単純な種選びに、最初の転機が訪れます。遠い性質を持つ株同士を掛け合わせると、その一代目だけが、親よりも勢いよく、そろって育つ。雑種強勢と呼ばれる現象です。

野菜のF1は、日本が早く実用化しました。1924年、埼玉県でナスの交配種が農家に出されています。アメリカではトウモロコシで実用化が進み、収量が大きく伸びました。日本の野菜の種も、昭和40年ごろを境に、市販の多くがF1へ移っていったとされています。

ここで、種を選ぶ理由が変わり始めます。育ちが良いから選ぶのではなく、そろって、早く、見た目よく育つから選ぶ。種は、食べる人のためのものから、市場で売るためのものへと、少しずつ性格を変えていきました。

■ 効率のために、自然の摂理を利用した

F1の種を大量につくるには、片方の親の花粉を、人の手で一つずつ取り除く作業が必要でした。この手間を省くために使われるようになったのが、雄性不稔という性質です。花粉をつくれない株を、あえて種づくりに利用する技術です。

本来、花粉をつくれないというのは、植物にとっては遺伝子の異常であり、自然界であれば真っ先に淘汰される性質です。それを、人は効率のために逆手に取りました。淘汰されるはずのものを、都合よく使う。ここに、それまでとは違う価値観がはっきりと表れています。

良いものを選んで残す、ではなく、都合の良いものを見つけて利用する、という考え方です。

(②へ続く)

#種と土の奇跡 #無肥料栽培 #自家採種 #F1 #固定種 #石井ピュアファーム #未来の食卓 

 

 

 

 

 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿