2011年8月21日日曜日

なぜか気になる詩だなぁ、大関松三郎の「虫けら」

「虫けら」  大関松三郎 作詩

一くわ
どっしんとおろして ひっくりかえした土の中から
もぞもぞと いろんな虫けらがでてくる
土の中にかくれていて
あんきにくらしていた虫けらが
おれの一くわで、たちまち大さわぎだ

おまえは くそ虫といわれ
おまえは みみずといわれ
おまえは へっこき虫といわれ
おまえは げじげじといわれ
おまえは ありごといわれ
おまえは 虫けらといわれ

おれは 人間といわれ
おれは 百姓といわれ
おれは くわをもって 土をたがやさねばならん
おれは おまえたちのうちをこわさねばならん
おれは 大将でもないし 敵でもないが
おれは おまえたちを けちらかしたり ころしたりする
おれは こまった
おれは くわをたてて考える

だが虫けらよ

やっぱりおれは土をたがやさねばならんでや
おまえらを けちらかしていかんばならんでや
なあ
虫けらや 虫けらや

大関松三郎をウキペディアで紹介します。

山芋』(やまいも)は、教育者寒川道夫が、1932年から勤務していた新潟県古志郡黒条小学校の担任クラスで作っていた学級文集『青い空』を発表場所として、教え子の大関松三郎が書いたを解説・指導記録とともにまとめたもの。

詩が書かれたのは戦前だが、詩集として刊行されたのは1951年のことで、生活綴方運動などに大きな影響を与えたのも主として戦後になってからである。なお大関松三郎は、太平洋戦争で戦死している。

詩は、その素直で率直な観察眼から、教員の手が加わっているのではないか、また合作なのではないかといった批判も寄せられた。中学校時代の大関松三郎の日記の文章の一端も公表されており、文体が違うという意見もある[誰?]が、詩と日記文の文体が異なるのは当然のことで、批判の根拠としては薄弱ともいわれる。

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